大判例

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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)111号 判決

大阪市西成区東萩町二〇番地

控訴人

小西友太郎

右訴訟代理人弁護士

中塚正信

右訴訟復代理人弁護士

岡時寿

大阪市東区杉山町一丁目

被控訴人

大阪国税局長 塩崎潤

指定代理人 検事 叶和夫

指定代理人 大蔵事務官 野村一夫

山田俊郎

鬼塚朝治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す、被控訴人が控訴人に対し昭和三一年一一月二〇日なした控訴人の昭和二九年度分所得税につき、訴外枚方税務署長のなした課税処分を相当として控訴人の審査請求を棄却した審査決定を取消す。訴訟費用は被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の関係は、

控訴人において、

第一、原判決には控訴人の訴外日邦自動車工業株式会社(以下日邦と略称する)に対する貸金から生じた利息金一、〇八三、〇九三円及び訴外大阪建鉄株式会社(以下大阪建鉄と略称する)に対する貸金から生じた利息金三三、〇〇〇円の存在を認定した誤りがある。

一、日邦関係について、

控訴人が日邦に金二〇〇万円を貸付けたのは、日邦の社長藤原清治と昵懇の間柄であつたからで、控訴人としては利息を貰う意思がなく、利息契約をしたこともない。

ところが日邦は経営状態悪化のため、控訴人からの借入金の返済ができず、そのため支払延期の口実として一方的に利息を付して経理上の処理をするとともに控訴人に対して甲一ないし一二号証の各手形を交付したものである。日邦は当時の経営状態からして右手形を支払う能力はなく、ただその場遁れの措置であつた。原判決添付別表(3)欄の小金額の手形、小切手は控訴人が日邦に前記二〇〇万円以外に電気代、電話代等の支払のために小口の現金を貸付けた際日邦から交付を受けた先日付の手形、小切手であつて、これらの手形、小切手についても、日邦に支払資金がなく、控訴人自身の資金でこれを受け出しているのである。このことは乙三一号証の借方欄に手形、小切手金額に相当する預金が引出されていることによつても明らかである。(もつとも右乙号証は銀行簿記の記載方法によはておらず、借方、貸方の差引残高を計算すれば、誤記であることが明らかである。)控訴人がこのように小口の現金を貸付けたのは、大口貸金の返済をして貰いため、日邦の窮状を救うべく、止むを得ずしたことである。

原判決挙示の証拠のうち乙二号証ないし五号証、同六号証の一、二、同七号証ないし九号証、同一〇号証の一、二、同一一号証ないし一七号証は、用紙は日邦のものであるけれども、同二二号証ないし二五号証のように係印、主任印の押印がなく、何人が作成したものであるか不明であるのみならず、業務の通常の過程で作成されたものでもなく、実質的証拠力がない。

仮りに控訴人が日邦に対して利息債権を有していたとしても、控訴人は昭和二九年九月頃、日邦の代表者藤原清治に対し、口頭で利息債権放棄の意思表示をしたから、利息債権は存在しない。

二、大阪建鉄関係について。

控訴人が大阪建鉄から手形割引科として金三三、〇〇〇円を受領した証拠として原判決が挙示する証拠のうち、乙二六号証の二、三は、いずれも脱漏分として後日記入し帳簿上の計算を合わせているもので、右両帳簿は業務の通常の過程で作成されたものではなく、むしろ本件の証拠資料として作成されたものであるから、右乙号証、従つてまた乙二六号証の一は実質的証拠力がない。

第二、原判決は所得税法三条の二の実質課税の精神に違背する。

原判決は「債権は債務者の資力不足によつて現実に取立不能のものであつても、債権者において債権の放棄又は債務の免除をせず、これを取立てる意思のある限り、なほその債権者の所得というを妨げないのである」と判示するけれども、同法一〇条の「収入すべき金額」に含まれる債権は財産的価値ある債権に限られるのである。もし原審が債権であれば、財産的無価値のものであつても所得というを妨げないとするものであれば、課税の本質を看過したものである。債権があつても債務者が無資力であれば、国家としても債権の内容を実現して債権者を満足させることができないにも拘らず、他方において、このような債権に対しても所得として課税することは、公平、正義に反するし、それ自体国家として矛盾的行為であるといわなければならない。

法人であつても、実体のない登記簿上のものに過ぎない場合があることは世上例の多いところである。このような法人に対する債権者にその有する債権を所得として課税することはできない。

第三、原判決は、日邦が昭和三一年五月から翌三二年六月にかけて、控訴人に対して借入金の一部を支払つており、また日邦の営業は昭和三三年頃まで継続されていたと認定しているけれども、挙示の証拠からは、このような事実は認定できない。

一、乙二八号証は証人井戸辻義一の作成したものではなく、いかなる帳簿にもとずいて作成されたものか不明であり、右証人の証言内容は右乙号証を読むだけで合理的説明となつていない。従つてこれを前提とする乙二七号証も証拠力がないし、乙二一号証の一、二は認定事実とは無関係である。また証人藤原清治の証言によると、特別借入金勘定は支払つていないことが認められる。

二、原審は日邦の営業継続の点に関する証人藤原清治の証言を排斥しているけれども、同証人は当時日邦の社長であり、全実権を掌握していた者であるから、同人の証言を排斥することは採証法則に反する。

日邦は昭和二九年末には営業を止めていたのであるが、仮りに原審認定のように昭和三二年頃まで営業を継続していたとしても、雇入給料等の先取特権のため、控訴人の債権は財産的に無価値であつたのである。

第四、原判決摘示事実中「右会社は、破産宣告を受け」(原判決三枚目裏六行目)とあるのを「右会社は、破産宣告を受ける費用もなく」と訂正すると陳述し

被控訴人において、控訴人主張の利息債権放棄の事実を否認すると陳述し

証拠として、控訴人において当審証人藤原清治、同藤原明、同井戸辻義一の証言、控訴人本人の当審尋問の結果を援用し、乙三四号証の一は成立を認める、同号証の二ないし五は不知と述べ、被控訴人において乙三四号証の一ないし五を提出し、当審証人野口庄蔵、同藤原明、同井戸辻義一の証言を援用し

た外、原判決摘示事実と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求が失当であると判断するのであるが、その理由は左のとおり訂正、附加する外、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。

原判決六行目全行及び七行目「また」までを削除し、

七枚目裏四行目に「右会社が破産宣告を受け、」とあるのを「右会社が破産宣告を受ける費用もなく、」と訂正し、

一一枚目表二行目全行及び三行目の「のであつても」までを「債権は債務者の資力不足によつて、弁済期に現実に取立不能であつても、その後においても取立不能であることが確定せず、」と訂正し、

一二枚目表六行目に「原告」とあるのを「訴外会社」と訂正する。

控訴人の第一の一の主張について。

控訴人が日邦との間に利息契約したことがなく、控訴人としては日邦から利息を貰う意思がなかつたとの点及び原判決添付別表(3)欄記載の小金額の手形、小切手が本件二〇〇万円と別個の小口貸金支払のため振出交付されたものであるとの点の立証として控訴人が当審で援用する各証拠は原判決挙示の証拠と対比すると直ちにこれを採用し難く、他に原判決の認定を覆えし、控訴人主張事実を認むべき確証がない。

乙二号証ないし一七号証が日邦の用紙であることは控訴人も認めるところであり、右乙号証には藤明、藤弘、中島なる印のいずれかの一または二以上が押捺されていることは右乙号証自体から明らかであつて、原審証人藤原明、当審証人藤原清治の証言によれば、藤明なる印は日邦の取締役で営業の責任者であつた藤原明(藤原清治の子)の印、藤弘なる印は日邦の工場長であつた藤弘の印、中島なる印は日邦の会計係であつた中島の印であることが認められるから、右乙号証は日邦の会計担当社員によつて作成されたものと認むべく、これが業務の通常の過程で作成されたものでないとの事実はこれを認むべき証拠がないので、右書証が実質的証拠力を欠くとすることはできない。

当審で証人藤原清治、同藤原明、同井戸辻義一及び控訴人本人は、控訴人は昭和二九年九月頃、日邦に赴きその代表者である藤原清治に「利息などいらぬ、元金の一部でもよいから返済せよ」との趣旨を告げた旨証言あるいは供述するけれども、右証言及び本人尋問の結果は原審での控訴人本人尋問の結果に照らすと直ちに採用し難く、他にこれを認むべき証拠がない。

控訴人の第一の二の主張について。

乙二六号証の二、三自体は大阪建鉄の金銭出納簿及び元帳の写であつて、右写は昭和三四年四月二日作成されたものであることが明らかであるけれども、その原本である金銭出納簿及び元帳の控訴人関係部分の記入が後日になされ、あるいは業務の通常の過程でなされたものでないとの事実はこれを認むべき証拠がないから、右乙号証、従つてまた乙二六号証の一の実質的証拠力を否定することはできない。

控訴人の第二の主張について。

原、当審証人井戸辻義一、同藤原明の証言によつて成立を認め得る乙二一号証の一ないし五、同三四号証の三に右証言、当審証人藤原清治の証言を綜合すると、日邦は昭和二九年四月頃手形の不渡を出し同年六月八日頃内整理に入り、大口債権者に債務の分割支払の承認を求めたが、その後も昭和三三年頃まで営業を継続し、昭和二九年中においては再起不能が確定的となつていなかつた事実が認められるから、控訴人の利息債権も同年中に取立不能が確定し経済的に無価値となつたものとはいえず、原判決には所論のような違法はない。

控訴人の第三の一の主張について。

当審証人井戸辻義一の証言によると、所論乙二八号証は日邦の社員である井戸辻義一が日邦の経理担当社員渡嘉敷に命じて控訴人との金銭の出入を記帳せしめたものであることが認められるから、これをもつて証拠力がないとすることはできず、従つてまた乙二七号証に証拠力がないとすることもできない。

また原審は乙二一号証の一、二は日邦が控訴人に対する債務を特別借入金勘定に計上した証拠として挙示したもので所論の事実に関する証拠として挙示したものでないことが明らかであり、原審証人藤原清治の所論の点に関する証言部分は原審の採用しないところであるから、控訴人の主張は当を得ない。

控訴人の第三の二の主張について。

原審証人藤原清治は、日邦は昭和三二年(同人が日邦の代表取締役を辞任した時期)以後営業をしていない旨証言していることは本件記録によつて明白であつて、辞任後の日邦の営業に関する同証人の証言を排斥したからといつて採証の法則に反するものといえないのみならず、仮りに同証人の証言するように日邦が昭和三二年同証人が代表取締役を辞任した後は営業をしていないとしても、本件の結論に影響を及ぼすものではない。

また昭和二九年中に控訴人主張のような理由によつて控訴人の利息債権が確定的に無価値となつたことを認むべき証拠がない。

なお控訴人が当審において援用する証拠のうち控訴人が原審及び当審でなした主張に副う部分は原判決及び本判決において被控訴人主張事実を認定する証拠として挙示した証拠に照らし採用しない。

すると控訴人の本訴請求を排斥した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、民訴法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岩口守夫 判事 長瀬清澄 判事 岡部重信)

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